大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(ネ)404号 判決

主文

一  原判決中の被控訴人鈴木数雄、同大石辰三郎、同菅野谷純正、同飯塚源次郎及び中里つぎに対し同被控訴人らが被控訴人弘徳会の理事の地位にないことの確認を求める請求を棄却した部分並びに被控訴人鈴木繁樹に対し同被控訴人が被控訴人弘徳会の監事の地位を有しないことの確認を求める請求を棄却した部分をいずれも取り消す。

二  右一の請求に係る訴えをいずれも却下する。

三  その余の本件控訴をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。

理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人医療法人弘徳会との間において、被控訴人鈴木数雄、同大石辰三郎、同菅野谷純正、同飯塚源次郎及び中里つぎがいずれも被控訴人医療法人弘徳会(以下「被控訴人弘徳会」という。)の社員並びに理事の地位を有しないこと、被控訴人鈴木繁樹が被控訴人弘徳会の社員並びに監事の地位を有しないことをそれぞれ確認する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

本件控訴をいずれも棄却する。

第二  事案の概要

本件は、被控訴人弘徳会の社員である控訴人が、その社員名簿に社員及び理事として記載されている被控訴人鈴木数雄、同大石辰三郎、同菅野谷純正、同飯塚源次郎及び中里つぎ(以下「被控訴人鈴木ら」という。)並びに社員及び監事として記載されている被控訴人鈴木繁樹につき、同人らが右社員及び理事又は監事の地位を有しないことの確認を求めたものであり、原判決において、その請求がいずれも棄却されたため控訴をした事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  被控訴人弘徳会は、病院経営等を目的として昭和三〇年一二月七日設立された社団法人であり、神奈川県《番地略》において精神病院「愛光病院」及び精神障害者社会復帰施設福祉ホーム「くすのき」等を経営している。

2  被控訴人弘徳会の定款(以下「本件定款」という。)によると、社員は一口以上の出資をしなければならず、一口の出資金額はこれを五万円とし、社員の出資持分、住所、氏名は社員名簿に記載する、役員として理事、監事を置き、理事及び監事は社員総会において社員の中から選任するものとされている。

3  控訴人は、昭和五三年七月二〇日に一口の出資をして被控訴人弘徳会の社員となつた者である。

4  被控訴人鈴木らは、それぞれ出資口数一口を有する社員及び被控訴人弘徳会の理事として、被控訴人鈴木繁樹は、出資口数一口を有する社員及び被控訴人弘徳会の監事として、それぞれ被控訴人弘徳会の社員名簿に記載されている。

二  当事者双方の主張と争点

1  控訴人の主張

(一) 出資義務の履行は社員の地位に伴う重大、かつ、必要条件であり、不履行は除名の原因にもなる。社員となる際は勿論、将来も出資する意思のない場合にはそもそも社団法人における社員として参画する意思がないものと見るべきであり、このような者は社員としての資格を有しないものである。被控訴人鈴木ら及び被控訴人鈴木繁樹は、実際には一口の出資もしておらず、被控訴人弘徳会の社員として参画する意思を欠いているから、被控訴人鈴木らは社員及び理事の資格を、被控訴人鈴木繁樹は社員及び監事の資格をそれぞれ有しないものである。

(二) 本件定款によると、被控訴人弘徳会の社員総会における社員の議決権は一人につき一個とされているため、被控訴人鈴木ら及び被控訴人鈴木繁樹が社員であるとすると、控訴人の議決権に重大な影響を及ぼす。

(三) よつて、控訴人は、被控訴人鈴木らがいずれも被控訴人弘徳会の社員並びに理事の地位を有しないこと、被控訴人鈴木繁樹が被控訴人弘徳会の社員並びに監事の地位を有しないことの確認を求める。

2  被控訴人らの主張

被控訴人鈴木ら及び被控訴人鈴木繁樹は、現実の出捐はしていないが、被控訴人弘徳会の創始者であり被控訴人の大口出資者である鈴木弘(以下「鈴木弘」という。)から、被控訴人弘徳会を退社したときなどの一定の事由が発生した場合には返還をすることを約して、出資持分の無償譲渡を受けたものであり、被控訴人弘徳会及びその全構成員が被控訴人鈴木らを被控訴人弘徳会の社員及び理事として、被控訴人鈴木繁樹をその社員及び監事として承認し、被控訴人鈴木ら及び被控訴人鈴木繁樹もその社員であるとの意思の下に社員及び理事又は監事として行動してきたものであつて、被控訴人鈴木らが被控訴人弘徳会の社員及び理事であり、被控訴人鈴木繁樹が社員及び監事であることは明らかである。

3  本訴の主たる争点は、被控訴人ら主張の出資持分の無償譲渡の有無並びに被控訴人鈴木ら及び被控訴人鈴木繁樹がこれにより被控訴人弘徳会の社員としての地位を取得したか否かであるが、これに加えて、職権判断事項である本件訴えについての確認の利益の有無が問題となる。

第三  当裁判所の判断

一  まず、本件訴えについての確認の利益の有無について判断する。

医療法人の理事及び監事の地位不存在確認の訴えは、当該医療法人自体を被告として提起することが必要であり、このような医療法人の役員の地位については合一的に確定される必要があるので、医療法人に対する訴えにおいて当該理事及び監事の地位が不存在であると判決で確定されれば、右判決の効力は当該理事、監事及び社員に対しても及ぶと解されるから、当該理事及び監事個人を相手にその地位の不存在確認を求める訴えは、医療法人を被告とする訴えと共に提起した場合であつても、確認の利益が存在しないというべきである。これを本件についてみるに、控訴人は、被控訴人弘徳会の社員としての地位に基づき、同被控訴人の理事である被控訴人鈴木ら個人及び監事である被控訴人鈴木繁樹個人を被告として理事又は監事の地位の不存在確認の訴えを提起したものであるから、右訴えは確認の利益を欠きいずれも不適法である。

二  次に、右一以外の請求の当否について判断する。《証拠略》によると、以下の事実を認めることができる。

1  被控訴人弘徳会は、鈴木弘が昭和三〇年八月一日設立した個人病院を同年一二月七日に法人化した医療法人である。被控訴人弘徳会の設立当初の資産は五三〇万円(出資口数一〇六口)であるところ、鈴木弘は、右全額を出資した。被控訴人弘徳会は、昭和五三年七月二〇日、資産の総額を五五〇万円(出資口数一一〇口)に変更した。

2  鈴木弘は、昭和六三年三月当時、少なくとも被控訴人弘徳会の一〇〇口の出資持分を有し、被控訴人弘徳会の理事長をしていた。鈴木弘は、医療法の改正により原則として医師又は歯科医師でなければ医療法人の理事長になれなくなつたこと、自分が老齢になつたこと等を考慮して、同月ころ、理事長を娘婿の訴外竹内知夫(以下「竹内」という。)に引き継ぐこととし、合わせて、被控訴人鈴木らを理事に、被控訴人鈴木繁樹を監事にすることとした。

3  鈴木弘は、被控訴人弘徳会の定款上、社員でなければ理事及び監事になれないこと、社員は一口以上の出資をしなければならないことになつていたことから、被控訴人鈴木ら及び被控訴人鈴木繁樹に自己の有する出資持分を一口ずつ移転して同人らを社員とし、右定款の定めに適合させることとし、その旨同人らの了解を得た。しかし、鈴木弘は、自己の財産を保全する見地から、同人らが被控訴人弘徳会を退社するなどした場合には同人らに移転した出資持分を返還してもらう必要があると考え、昭和六三年三月から六月ころにかけて、弁護士である被控訴人菅野谷純正に相談の上、「私は、今般医療法人弘徳会(社団)の社員となりましたが、私は社員になるため貴殿から右社団の出資持分壱口を借り受けたものであります。私が右社団の理事または社員をやめるとき、或いは貴殿の必要があるときは、何時でも無条件にて右出資持分を返還します。」等と記載した鈴木弘宛の確認書を作成し、被控訴人鈴木ら及び被控訴人鈴木繁樹に署名押印をしてもらつた。更に、鈴木弘は、平成元年一二月一五日、被控訴人鈴木ら及び被控訴人鈴木繁樹との間で、右と同趣旨の「出資持分返還に関する契約公正証書」を作成した。

4  被控訴人鈴木ら及び被控訴人鈴木繁樹は、昭和六三年六月二六日以後の社員名簿に出資口数各一口を有する社員であり、被控訴人鈴木らはいずれも理事、被控訴人鈴木繁樹は監事であるとして登載されるに至つた。この結果、別紙目録記載のとおりの社員構成及び出資口数となつたが(なお、同目録記載の鈴木香代子は鈴木弘の妻であり、竹内美津枝は竹内知夫の妻であると認められる。)、被控訴人鈴木ら及び被控訴人鈴木繁樹が社員であり、かつ、理事又は監事であるとして社員名簿に登載され、理事又は監事として行動することに他の社員は特段の異議を述べず、これを承認していた。

5  被控訴人鈴木らはいずれも理事、被控訴人鈴木繁樹は監事として、それ以来現実にその職務を執行し、ことに被控訴人鈴木数雄は、常勤の理事として被控訴人弘徳会の経営に関与していた。

二  右一で認定した事実によると、鈴木弘は、被控訴人鈴木らをいずれも理事に、被控訴人鈴木繁樹を監事にするため、社員総会の承認を受けて、昭和六三年六月ころまでの間に自己の有する出資持分各一口を無償で被控訴人鈴木ら及び被控訴人鈴木繁樹に譲渡したこと、被控訴人鈴木らは、右出資持分の譲渡を受けて社員となつたことを前提として、社員総会において理事に、被控訴人鈴木繁樹は、同様に監事に選任されたこと(仮にこのような社員総会が開催されなかつたとしても、他の社員全員が右出資持分の譲渡、理事又は監事の選任を承認し、社員総会においてこれらの事項が決議されたのと同様の状態になつたこと)、以上の事実を認めることができる。したがつて、被控訴人鈴木ら及び被控訴人鈴木繁樹が被控訴人弘徳会の社員であり、被控訴人鈴木らが社員及び理事としての地位を、被控訴人鈴木繁樹が社員及び監事としての地位をそれぞれ有することは明らかである。

なお、前記確認書及び公正証書においては、出資持分の譲渡ではなく、出資持分の貸借となつているが、その趣旨は、鈴木弘の有する出資持分を被控訴人鈴木ら及び被控訴人鈴木繁樹に譲渡して同人らを社員及び理事又は監事とし、同人らが被控訴人弘徳会から退社するなどの一定の事由が生じたときにその出資持分を返還してもらうというものであり、貸借という形式はとつているものの無償譲渡(信託的譲渡)であると解するのが相当である。そして、他に、右認定を左右するに足りる証拠はない。

四  よつて、原判決中の被控訴人鈴木らに対し同被控訴人らが被控訴人弘徳会の理事の地位にないことの確認を求める請求を棄却した部分及び被控訴人鈴木繁樹に対し同被控訴人が被控訴人弘徳会の監事の地位を有しないことの確認を求める請求を棄却した部分は相当でないから取り消し、右各請求に係る訴えはいずれも不適法であるから却下し、その余の部分についての原判決は結論において相当であり、右部分についての本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水 湛 裁判官 瀬戸正義 裁判官 小林 正)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例